ストレスがたまると見る画像
ストレスがたまるとみるのが、
「ゴミ屋敷」「汚部屋」
ごめんなさい、私も友達家に呼べないですが、とりあえず、アポあれば誤魔化せる程度の散らかり具合です。
キッチンはピカピカだし。
ゴミ屋敷の画像はスゴい。
ある意味突き抜けている。
人間どうすればあそこまでなるのか?
天井まで積もるゴミゴミゴミ。
あれを見て、
「私はここまで酷くない」
と思うのですわ。
私のストレスって主に自己嫌悪。
悩みの種が自分自身。
誰か褒めてくれ~
片付け下手
私はすごい片付け下手。
一時期インテリアにも興味があったりしたんですが、何かセンスないのかうまくいかない。
これはファッションと同じで才能的なもんなんだな…
あと、19年前の地震の時に怖い思いをしたので大型家具を処分したのも何となく部屋がごちゃごちゃしている原因。
でも片付けにも偏りがあり、キッチンはめちゃくちゃキレイ。
てか、食器とか興味が無いからあまり買わない。引き出物とか山崎パン祭りとか、白鵬の絵が書いている相撲部屋の土産の皿とか惜しげもなく使ってる。
我が家では食洗機に入る皿が、いちばん。
貰い物系で皿が足りなくなったら無印で買う。
鍋も数年前、清水舞台で買ったビタクラフト数個と焦げ付くと買い換えるフライパンと卵焼きパンひとつずつだけ。
鉄製のフライパンが死蔵されてるから、捨てよう。
と、ここまで書いて気づいた。
もし私が皿好きだとキッチンが多分とんでもないことになってると思う。
片付かないのは好きなモノ。
本と服。
うーん、どうしたものか。
本はまめに処分してるけど。
あと、演劇とかライブのパンフね。
語学関係の本も。
全部ときめくんです(笑)
私のブログ
私のブログのビューは非常に波がある。
某人気ブロガーさんにコメした時に多いのだが、でもコメしてても少ない時もあり…
テーマを見てみると、職場の愚痴や人間関係のことについて書いている時のアクセス解析みるとビューが多い。
何だ会社の人が回覧していたりして…何かのサイトでヲチられてたりして…と被害妄想についなってしまいそうだが、好意的に見ると、それだけ同じことを考えている人もいるのかな。
私が購読しているブロガーさんも
「あなたは私ですか?」というほど私に似ていた。
彼女こそ、会社の人が読んだらフェイクを入れて私が書いているのか?と疑うほど悩み事や職場の状況が似ていた。
意外と実は内向的で無理している人って多いのかもしれない。そういう人たちが無理して明るく装ったり強引で図々しい人に引きずられたり、就活の条件が「コミュニケーションが上手な人」という世の中に疲れ果てているのかもしれない。
私のブログはコメOKです。
但し、常識的な範囲の内容でお願いします。
お断りしたいのは極端な差別主義や思想を持っている人です。
多少のメンヘラさんも大丈夫ですが、コメの返答が遅いとかで怒る方はご遠慮願います。
カウンセリング
私は鬱持ちなのである。
とはいえ、投薬はあるものの、体調を整えるためだけで、心のほうはほぼ完治していると思っている。
体が動けるようになってからは、カウンセリングに通っている。
最初は週一回行っていて、ぶうぶうと不満めいたことも言っていた。
会社の健保から補助が出ていたので、料金は格安だったが、数年前に会社自体が補助をやめた。
その頃には大分よくなっていて、カウンセラーに、「お客さん減ったら先生が鬱になっちゃうね。」と軽口を叩くまでになった。
今は保険的に年二回通っているが、今は世間話するだけ。
しまいには、カウンセラーのほうが
「ジャングルさんの話は面白いから楽しみ」まで言いだした。
そりゃ、私が通い始めた頃みたいな患者ばかり相手する毎日なら、金払ってワイドショーネタ話に来るクライアントはおもろいだろう。
最近はこちらがカウンセリングしている気分だ。
止め時かもしれないが、細くでも関わりがあるほうが安心だし…。
ところで、心屋なんとかみたいなカウンセラーって何かうさんくさい。
次回はあれってどうなんすか?と、聞こうかな。お金払って(__)
自覚
30過ぎると怒られることが減る。
それは偉くなったからではない
「言ってもつべこべ言い訳する」
「いい大人にわざわざそんなことは言わない」
だから、会社でも近所でも私は素っ気ない。
ボロを出さないためだ。
愛想のない人というのは隙がないなということが最近わかった。
会社で出世するタイプは皆そうだ。
学生の頃は愛想がないとよく言われた。よく考えるとあの頃がいちばん人間関係て悩んでいなかった。
今再び私は愛想なしになっている。
ややこしい人間関係から脱出できて楽である。
そうすると、会社の内緒の人事情報などが勝手に入ってくるようになった。
ちゃらちゃらとつるんで噂話ばかりしていたら、足元をすくわれる。
年を取れば取るほど口をつぐむほうがいいのかもしれない。
子供なんて勝手に育つ
子供が中学生になった頃、
「今日、家庭科の授業で朝御飯の調査があったよ。」
げ。
うちは朝御飯はとりあえず食べる
「あのメニューを正直に?」
「うん、そしたら、」
怒られたか?
「めっちゃほめられた。バランスがいいって。」
ちなみに、
バターロール(一応トースト)、コーヒー牛乳(牛乳に、ペットボトルのコーヒーを混ぜる)、フルーツはたいがいリンゴかキウイ。たまにバナナ。それにチーズ。
最近は、本人の希望でヨーグルトが加わる。
はっきりいってめっちゃ手抜きだ。
それをほめられるとは…。
味噌汁に焼き魚、おひたしみたいなのは我が家では夕食だ。
子供がもっと小さい頃は朝は菓子パンとかふりかけご飯だったな。
私はダメ母だ。
晩ごはんだって惣菜とかレトルトの時もある。子供の高校は食堂のある学校が条件だった。
それでも子供はちゃんと育つ。
病気も風邪程度だし、虫歯も一本もない。
これから子供がどんな大人になるかわからないが、単に大きくするはそれほど困難なことではない。
阪神淡路大震災で、子供夫婦が亡くなり、幼い孫を三人も引き取ることになった、年老いたご夫婦が、
「子供は腹一杯食わせりゃ何とかなる」の精神で、子育てをしたという。
五歳の子供なんか、朝菓子パン、昼、保育園、夜焼きうどんかカレーライスで育つ。
私のようなズボラでもできたのだ。
五万余りの家賃が払えるのなら、保育園の給食で、栄養補給できるではないか?
こういう手合いに限って同棲していた女の家に服を着た犬がいたりするのだ。
妬まれても困る
私は正社員の身である。
薄給ではあるが、給料は毎月出て、ボーナスもある。
結婚して子供が居る。
恵まれていると思う。
しかしながら、この私の状況は決して必死になって手に入れたものではない。
流れるままに生きてきてこうなったのだ。
要領はいいだろうか?
そんなことは自分で考えたこともない。
時代に従って人の生き方、働き方も昔と随分と変わった。
パートや契約社員の人も増えてきて、仕事内容は私と変わらないのに、お給料が少ない人もいる。
気の毒とは思う。
でもどうしようもない。
彼または彼女たちに私のお給料の一部をわけてあげることもできず、かといって制度上、私の責任を重くすることもできない。
そんな彼らに正社員であること、仕事を辞めても旦那の稼ぎがあることで嫌みや僻みを言われるのが私はたまらなく不快なのだ。セクハラされるよりも不愉快なのだ、
仲良くしていても、そんな態度をや発言をされると、私は心を閉ざしてしまう。
何故これほどまでに不快なのか考えてみた。
私も
不労所得のある人や、旦那さんがとてつもなく大金持ちの人に
「働かなくても不動産があるのっていいわね。」などと言い、
言われた相手はどう思うだろう?
「この人卑しいな。」とか、「下品だ」と思い、私を避けるだろう。
ちなみに、私はそのような人を羨ましいとは思えども、妬んだり、嫌みを当人に言ったことはない。
人は人、自分は自分なのだ。
それに気付くまで、妬み嫉みを私にぶつける人に対して不快に思う自分の心の狭さに自己嫌悪一杯だったが、明らかに相手が品がないのだ。
言ってはならないのだ。相手の財布を覗きこんであれこれ言うことに等しい行為なのだ。
不思議なことに、そういうことを言わない人が正社員に抜擢されたり、転職がうまく行っている。
恵まれているからそんな傲慢なことが言えるのだと思う人がいたら、いちど見てみたらよいのだ。
他人を妬む自分の顔を。